(織田作之助・訳)
世の定めで、大晦日の闇は神代このかた知れたことなのに、
人はみな渡世を油断して、毎年一度の胸算用が食い違い、節季を仕舞いかねて困る。
というのも、めいめい覚悟がわるいからだ。この一日は千金に替えがたい。
銭銀のうては越されぬ冬と春との峠が大晦日、借金の山が高うては登りにくい。
それも足手まといの子というものに、それぞれに相応の費用を食うからだ。
差し当っては、目には見えぬが、例えば正月の破魔弓、手鞠、三月の雛、五月の菖蒲刀、
おどり太鼓、八朔の綏(つくり)雀など、いずれは掃溜の中へ捨てられるのだが、
年中に積れば、莫迦にはならぬ。
なお、中の亥猪を祝う餅、氏神の御払団子、弟子の朔日、
厄払いの包銭のほか夢違いの御礼まで買わねばならず、
宝舟にも車にも積み余るほどの物入りである。
ことに近年は、どこの女房も贅沢になっている上になお、
当世流行の正月小袖に浮身をやつし、
羽二重半疋四十五匁の地絹も大変だが、
その染賃と来てはそれ以上で金一両ずつも出すのだ。
つまりは、さのみ人目につかぬことに、あたら金銀を捨てるのである。
帯にしてからが、古渡りの本繻子で一幅に一丈二尺一筋につき銀二枚がものを腰にまとい、
小判二両のさし櫛とは、まるで今の値段の米にして五斗俵六つを頭にいただいているも同然。
腰巻も本紅の二枚がさね、白ぬめの足袋をはくなど、昔は大名の奥方も遊ばさぬこと、
思えば町人の女房の分際として、冥加恐しいことである。
それも金銀があり余ってのことなればともかく、
夜が明ければもう利子を食う、油断のならぬ銀を借りている身代で、
こんな女房の派手好みは、よくよく分別すればわれながら恥かしい筈。
それとも、たとえ明日分散に会っても、女の諸道具は差押えを免れるから、
新規まきなおしの世帯の種にするつもりだろうか。
私の日乗
5月20日(水)
北新地に程近い処にて用向きを済ませ、
1ビルの該所にて咽喉を潤すこととす
早めの夕方
如何なGNZ屋とは言い条、
混雑を極めることはない
例に拠ってレッドスターを聞こし召す
されども、眼前のポスターが目に飛び込んできて、
幾分、胸を悪くす
もう二度と、冷酒の熱燗は御免蒙る
品書きなぞ眺むるまでもなく、
私は痩せぎすのテレサ・テンに、
目玉おやぢを願い出た
テレサ自ら焼き上げてはくれたのだが、
卵を割りいれる際に失敗したと見えて、
豈図(あにはか)らんや、
焦げで、尚且つおやぢが端(はな)から潰れていたのであった
不測の事態に胸がつぶれる思いがす
ここで、和装女子昼食会帰りの和装女史が合流す
真に珍しく、二日続きのチョイ呑みとなった
しかしながら、小紋柄の着物に黒の夏羽織
中々に、玄人筋風の装いで、
涼しい顔して立ち呑み屋の暖簾をくぐるなぞ、
恐ろしいまでの強心臓の持ち主であるなぁなぞ、
甚(いた)く感心す
猶と新たに赤星大ビンを調(ととの)える
私は特製焼酎の水割りをチェイサーとす
私おすすめのお菜
タコあたまを、半ば強引に誂(あつら)えて
女史に強制す
ここでの熱燗はスルーとし、
熱々の美味しい燗酒を供してくれる店に流れることとし、
4ビルが満席なれば、
泉の広場まで遠征するなぞ、
不慮の事態の善後策まで講じて、
該店を後にした
ごっとはん♪